論文:アジア太平洋の協調成立の可能性
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    アジア太平洋の協調成立の可能性        
                      

 1 はじめに

 アジア太平洋地域は極めて広大な面積を占め、宗教、文化、言語、経済発展、政治、社会構造といった様々な分野における多様性をその特色としている。第二次大戦後45年近くにわたって米ソ両超大国を両極とする東西対立の構造が世界を支配していた冷戦時代とは異なり、冷戦終焉後世界の権力構造は大きく変化し、各地域において多極化が進行した*1。アジア太平洋においても例外ではない。しかし、この地域が世界の他の地域と異なるのは、東西対立の遺物とも言うべき様々な対立構造が今日なおも存在している点である。また、この地域には領有権を巡る国際紛争や民族、宗教、言語などの違いに起因する様々な国内紛争が存在しており、加えて新たな安全保障上の諸問題が顕在化しつつある。さらに、経済成長が著しいこの地域では、貿易、投資、金融を通じて域内諸国との経済的相互依存関係が深まっていることに加え、97年後半の金融危機に見られるごとく、世界的なグローバリゼーションの波に翻弄されている。また、各国の経済・金融危機はインドネシアに見られるように政治の混乱を招いており、アジア経済の将来に対する不安感をも生んでいる。

 第二次大戦後、アジア太平洋の安全保障は、ハブ・アンド・スポークスと呼ばれる、圧倒的な軍事力を有する米国とそのアジアにおける同盟国との間の二国間安全保障体制網に大きく依存してきた。しかし、90年代に入ると、米国の軍事プレゼンスの低下などのために政府間及び非政府間において様々な多国間の安全保障協力の枠組みが登場するに至った。既に欧州では冷戦期からソ連を極とする社会主義陣営の侵略から防衛するための西側集団防衛機構である北大西洋条約機構(NATO)のほか、多国間安全保障協力機構である欧州安保・協力会議(CSCE。後に欧州安保協力機構(OSCE)に名称変更)、西欧同盟(WEU)などの地域的安全保障機
つ、それが顕在的な脅威や武力衝突にならないよう予防するのを旨とし、さらに紛争の平和的な解決を図り、また不幸にして武力衝突となった場合でも、あらかじめその被害を最小にとどめることを図る枠組みを作ろうとするものである、と定義される*4。具体的には、信頼醸成措置や経済、人権分野における協力を通じた良好な安全保障環境の醸成措置など現在、欧州安保・協力機構(OSCE)において採られている措置を指すものであるが、ここでは、紛争が顕在化しないように、各国が外交的手段を用いて相互の信頼感を高めることとより広く定義することとする。

 アジア太平洋においては、紛争・危機対処型のシステムとしては、集団的自衛権に基づく米国との間の二国間同盟が種々存在しているが、集団安全保障体制は構築されていない。また、紛争・危機予防型のものとして、米国と中国、中国とロシア等の間の戦略的パートナーシップと協力的(協調的)安全保障システムがある。ARFは、(1)脅威がシステムの中に存在すること、また、(2)安全保障上の脅威や紛争に軍事力で対処するものではなく、あくまでその未然防止を目的とするものである点から見て、協力的(協調的)安全保障の範疇に入れることができるであろう。しかしながら、ARFは加盟国の相互理解と信頼関係の増進のために政治・安全保障対話を促進することを主要な目的としており、OSCEのように、お互いの軍事力の相互規制等の措置を通じて不透明性を最小限にするとともに、そのルールが守られているかどうかを監視することは行われていない*5。このほか、トラック2のアジア太平洋安全保障協力会議(CSCAP)や北東アジア協力ダイアローグ(NEACD)などがある。


 3 協調の概念

 協調という概念は一般的には「一定の国々の間の協力的・協調的な関係」として捉えられる。しかし、国際政治学においては、この概念は安全保障の文脈の中で理解されており、国際安全保障システムの類型のひとつとして捉えられている。従って、本稿ではこの意味において協調という用語を用いることとする。

 この協調の概念について、ブライアン・ジョブは「主要なアクターによって受け入れられ、またそこに適用できる一般的な行為規範に従い、グローバル又は地域的なシステムを主要国が管理することである」と定義している*6。そして彼は協調システムが成立する条件として、次の3点を挙げている。すなわち第一は、主要国がお互いを差し迫った脅威であると見なさないこと、第二は、主要国が各々の国家主権及び安全保障上の利益に関して現状維持を受け入れること、第三は、主要国が他の国を攻撃したり、攻撃された国を支援することを約束しないことである*7。また、主要国間で集団安全保障体制を構築する場合もあるが、紛争解決のために武器を使用したり、それを他の国々まで拡大しないこともそれが成立する条件である。

 このように、協調システムは多国間主義(multilateralism)*8 と集団安全保障の混合体であり、システムに参加するのは一定の国力を有する国に限られるが、システムによる利益はそれに参加した国に限定されることなく、システム以外の国にも及びうる*9。協調システムはそれに参加する国が少ないこと、条約その他の国際的な取り決めによらず、非公式な性格を有することの2点において、先に述べた協調的安全保障のメカニズムとは区別される*10。また、協調システムのメリットについて、クプチャンとクプチャンはその柔軟性と有効性にあり、たとえある分野で対立している場合でも別の分野では協力が可能であると指摘している*11。協調システムの大きなメリットは、第一に条約など国際約束によらずに各国が遵守すべき行為規範を設定すること、第二に外交・安全保障政策や軍事力に関する透明性を高められること、第三に様々な国際問題を協議するために頻繁に関係国が接触することを通じて、各国がある種のコミュニティ意識と価値観を共有することができることであると考えられる。

 歴史上、協調システムが成立した例はあるであろうか。大国協調が地域の安定化をはかる上で成功した例としてしばしば挙げられるのは、1815年のナポレオン戦争の終結後の新しい欧州秩序を作るため、イギリス、プロシア、ロシア、オーストリア、そしてフランスの5カ国が形成した「欧州協調」(Concert of Europe)である。この協調体制の評価について、ロバート・ジャービスは、欧州協調は1815年から54年まで存続したが、特に15年から22年までの7年間は欧州の平和を維持する上で重要な役割を果たしたと指摘している*12。

 以下では、アジア太平洋において協調が成立するための条件が整っているかどうかを考察するため、同地域の地域的特性、地域における国際関係の特徴、安全保障上の脅威、現在の安全保障システムの有効性を分析する。


 4 アジア太平洋の地域的特性

 アジア太平洋は極めて広大な地域であり、地域としては世界最大である。この地域がどこからどこまでを指すかは明確に定義づけることは困難である。現にこれまでそれが明確に定義されたことはなかった*13。ある者は南北アメリカから中近東までの広範な地域を指すというであろうし、またある者はそれが太平洋を取り巻く全域と見なすであろう。歴史的観点から言えば、東アジアでさえ長い間一体化した地域というより、分裂した地域であると見られていた*14。また、アジアは長い間太平洋と区別され、アジア太平洋という用語はごく最近まで用いられることはなかった。しかし、著しい経済発展、技術、特に電気通信技術の発達等によって、アジア太平洋では急速に地域としての一体感が生まれつつある*15。本稿では、北東アジアと東南アジアに焦点を当てて考察することとする。

 特に欧州と比較した場合のアジア太平洋の最大の特色は、様々な分野における多様性にあるといってよかろう。事実、この地域の国々では、国土面積、人口、民族、宗教、文化、言語に加え、政治・経済体制、社会構造、経済発展段階において極めて異なっている。また多民族国家もいくつかあり、これらの国々では、統一国家の維持が最大の政治課題になっている。この多様性は、地域における安全保障環境を複雑なものにする大きな要因となっている*16。

 二つ目は、地域システムの点である。アジア太平洋の地理的特性を反映して、同地域には全域的なシステムの下にいくつかのサブ・システムが存在する点である。アジア太平洋全域の国家間関係を規律するような国際システムや国際機構は非常に少なく、アジア太平洋経済協力(APEC)などわずかにあるだけである。また、サブ・システムとしては、東南アジア10カ国から成る東南アジア諸国連合(ASEAN)などがある。他方、大国が集まっている北東アジアでは、政治・経済体制が異なっていることなどの理由や「過去の歴史」をめぐる要因によって、サブ・システムとしての地域システムが創設されていない。あるのは、わずかに朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の黒鉛減速炉を運転停止し、それに代えて軽水炉を建設するために北朝鮮にその間の原油供給を含む支援を行うことを目的とした朝鮮半島エネルギー機構(KEDO、95年3月発足)だけである。

 三つ目は、フランシス・フクヤマがかつて「歴史の終わり」と形容した自由世界の勝利と、貿易・投資の拡大、航空機の発達による移動時間の大幅な短縮、技術の進歩、特に電気通信技術の発達、マスメディアの発達等による世界的な規模でのグローバリゼーションの進展と価値の多様化は、次第に国家の役割を不明確にしつつある点である。さらに、一国の国益の概念も多様化するとともに、国際社会の共通利益と国益との間の境も次第に不明確になりつつある。このように、「世界の成長センター」と形容されるほど高度経済成長を遂げ、また貿易・投資、資金移動を通じた経済のグローバリゼーションが著しいアジア大平洋においては、安全保障に対する考え方が狭義の軍事安全保障から次第に広がってきている。

 四つ目は、戦後50年以上経た今日でも、植民地支配や侵略の歴史に根ざした感情やわだかまりが克服されておらず、それがしばしば日本と近隣諸国等の間の関係において顕在化することである*16 過去における日本の侵略の事実は、戦後50年以上が経過した今日においてもアジア諸国の人々から容易に消えないでいると指摘する識者も少なくない*17。

 五つ目は、アジア太平洋において進行している地政学的な構造変化である。渡辺昭夫によれば、中国を中心にしてできあがった古い秩序が長い間をかけて次第に崩壊し、変容し、新しい形に変わりつつあるという*18。この構造変化はアジア太平洋の各地域で起きており、その変化をどのように吸収して新しい秩序ができあがっていくかということが課題となっている*19。


 5 アジア太平洋の国際関係の特徴

 アジア太平洋の国際関係は地理的、歴史的、社会・文化的、政治・経済的要因が複雑に絡み合っているため、極めて複雑である。地域に着目した場合、北東アジアと東南アジアの国際関係を規律するシステムが全く異なっていることが注目される。北東アジアの国々は、日本、中国、韓国、ロシアなど経済的及び軍事的に強大であるのに対し、東南アジアの国々はほとんどが小国で、経済力及び軍事力の点でも圧倒的な力を有してはいない。このような違いは、両地域において国家間関係を規律する国際システムの違いにも反映されている。すなわち、北東アジアでは、覇権国の出現を阻止し、自国の安全を確保するという安全保障のためのシステムとして「勢力均衡システム」が見られる。そのシステムの上でバランサーとしての役割を果たしているのが、日米、日韓両同盟に基づき大規模な兵力をこの地域に前方展開している米国である。冷戦を血を流すことなく勝利した米国は軍事力、政治力、経済力、科学技術水準などの面で圧倒しており、冷戦終結後も唯一の超大国として、世界の警察官としての役割を演じている。このように米国一国が世界平和を担うことをもってパックス・アメリ・
J・
[ナと呼ぶことがあるが、その米国も80年代から90年代にかけて相対的に経済力が低下し、ポスト冷戦期には冷戦時代のように圧倒的な軍事力を背景に米国が国際政治の場で単独でリーダーシップを取れなくなってきている。

 また、この地域の国々は、戦前・戦中期における日本の侵略行動や植民地支配の生んだ過去が精算されず、いまだに相互不信感が払拭されていない。このため、各国の行動はどちらかといえば協調・協力的というよりむしろ自律的であり、国益第一主義である傾向が強い。しかし、他方、この地域においても各国間の経済的相互依存関係が急速に深まっており、かつ文化・宗教その他においても共通している部分が大きいため、すべての国家間関係が軍事力といったパワーの大きさのみによって規律されているわけではなく、各国間の文化、歴史、経済関係等が様々な形で影響を及ぼしている*20。たとえ米国がバランサーとしての役割を果たしているとはいえ、米国の軍事的プレゼンスは冷戦期に比べて低下してきており、他方中国の軍事力が増強しつつあることなどから、米国の役割は相対的に縮小されている。従って、このシステムの下での国際関係は必ずしも安定しておらず、今後中国が強大な軍事力を持つ覇権国家として登場した場合、その均衡が崩れる危険性を孕んでいる*21。

 他方、東南アジアでは多くの国が長い間欧州列強の植民地として支配されてきた。戦後独立を果たしたものの、絶えず強力な外部勢力によって脅かされてきたという歴史的経緯、また、これらの国々の安全保障上の脅威が、地域内の他の国家というよりむしろ国内あるいは域外にあるなどの理由から、そこでは軍事力や経済力といったパワーに基づく勢力均衡主義的安全保障政策は採られていない*22。各国も国益追求型の個別の安全保障政策よりむしろ共通の安全保障上の課題に対して各国が協力しながら取り組むという協力的(協調的)安全保障の考え方をより多く採り入れている。

 このように、北東アジアと東南アジアでは国際システムが本質的に異なるため、全体を包括するシステムは80年代末まで出現しなかった。この地域で初めて創設された全域的なシステムは、ホーク・オーストラリア首脳提唱による1989年創設のアジア太平洋経済協力(APEC)である。APECは、この地域の高い経済成長を背景に、地域における貿易・投資の自由化、円滑化及び経済・技術協力を促進することを目的としており、政治・安全保障問題は非公式首脳会議で取り上げられることがある程度である。

 他方、政治・安全保障の分野では、東南アジアに限れば67年に創設された東南アジア諸国連合(ASEAN)がある。しかし、アジア太平洋全域を対象にした安保機構の創設は冷戦終結からしばらく待たねばならなかった。この地域で最初に創設された政府間の多国間政治・安全保障の枠組みはアセアン地域フォーラム(ARF)である。このほかトラック2の経済協力または安全保障対話機構が次々に創設されており、アジア太平洋地域でもようやく国際関係の制度化や機構化が見られるようになってきた。とはいえ、EUのように各国の主権を超えたをトランスナショナルな機構がすでに機能している欧州と比較すると、その国際関係は依然として大部分が二国間関係によって規律されおり、制度化・機構化は低レベルにとどまっている。


 6 アジア太平洋における安全保障環境の変化

 冷戦期においては、世界規模での権力構造が地域のそれをも支配していた。欧州では米ソ両超大国を中心とする東西両陣営が対峙するという二極の安全保障構造が形成された。これに対し、アジア太平洋でも1950年代までは東西両陣営の対立の構図が明白であった。しかし、50年代後半に中ソ対立が顕在化したため、それまでの二極構造の下部構造として、米国、ソ連、中国の三ヶ国によるサブリージョナルな安全保障構造が形成された。

 冷戦期を通じ、アジア太平洋地域の安全保障環境は、こうした複雑な安全保障構造の下で比較的安定していた。そして、欧州と比較して、アジア太平洋ではソ連の政治的・軍事的脅威が強く意識されなかったこともあり、冷戦期を通じて地域の安定の維持のために中心的な役割を果たしてきたのは、米国とアジア諸国との間の安全保障条約とそれに基づく米軍のプレゼンスであった。このことは域内の多くの国々から十分認識されてきた。事実、米国とアジア諸国との間では軍事力や経済力の差は極めて大きく、多くの国々は米軍のプレゼンスを自国の安全保障政策に組み込むことにより、安全を確保しようとした。このように、米国とアジア各国との間の大きなパワーの差は、米国のアジア太平洋における多国間安全保障システムに対する消極的な態度となって現れた*23。

 他方、アジアの多くの国々も、この地域があまりにも広大であり、経済発展段階や政治体制等様々な面において極めて多様性に富んでいるため、安全保障上の問題に対して共通のアプローチをとることは極めて困難であり、多国間安全保障システムは、有効に機能している二国間の安保体制の機能を阻害する可能性があると捉えていた。冷戦期においてアジア諸国を地域の安全保障の枠組みに関与させるいくつかの試みがなされたが、いずれも地域の安全保障にとって必ずしも有効な手段とはなり得なかった。

 冷戦構造の終焉とそれに伴うソ連の軍事的脅威の大幅な低下は、アジア太平洋でも著しい緊張緩和をもたらした。その結果、自由主義国家と社会主義国家との関係改善が大きく進んだ。このように冷戦の崩壊はアジア太平洋の安全保障環境をより良好なものにする方向に進んだ。他方、アジア太平洋での米ソ両超大国の軍事的プレゼンスの低下は、特に北東アジアにおける国際システムを二極構造から多極構造へと大きく変化させることとなった。二極システムから多極システムへの国際システムの変化は、安全保障環境の不安定・不透明さを増大し、同時に急激な事態の変化を招きやすいと言われている*24。現に、このような多極化は、冷戦期の比較的安定した安全保障環境を不安定化、流動化させることとなった。そのため、順調な経済成長とも相まって、域内の多くの国々は、対外的な安全保障上の問題に対する関心を強め、軍備の増強に腐心させることとなった。

 冷戦後の大きな変化のひとつは、域内大国のパワーバランスを変化させたことである。米国は冷戦の崩壊によって唯一の超大国になったものの、経済力の相対的な低下、様々な国内の政治課題を抱え、以前のようにアジア太平洋において圧倒的な軍事力を維持することが困難になってきた。また、ソ連は90年の社会主義体制崩壊後、市場経済へのスムーズな移行に失敗し、また軍事力を大幅に削減せざるを得なくなった。他方、中国は、社会主義市場経済体制の拡充、順調な経済発展を背景に、国軍の近代化と軍備の拡大を進めている。このように、米ロ両国の軍事力の低下と、中国の軍事力の上昇が顕著に見受けられる。

 アジア太平洋の多くの国は経済的、軍事的に小国であり、大国からの様々な脅威を認識している。とりわけ、南沙諸島の領有権をめぐる中国との対立は安全保障上大きな問題であると認識されている。また、これらの国々は、80年代以降驚異的な経済発展を遂げてきており、財政的な余裕から軍備の近代化を重点的に進めている。ミリタリーバランスによれば、国防予算を2桁の割合で増やしている国もある*25。アジアの兵器の購入は突出しており、82年から91年までの間にその世界の兵器購入額に占める割合は、15.5%から34%に急増しているとの研究結果もある*26。その理由は様々であるが、シェルダン・サイモンは、米国の経済力及び軍事力が相対的に低下した結果、同国の市場と軍事プレゼンスの持つ重要性が低下するという事実に直面したアジア諸国が、地域の安全保障のために米国が十分な軍事的役割を果たせなくなるのではないか、それを補う装置が必要なのではないかと考えたことが大きいと述べている*27。また、ニコラス・ブッセは、東南アジア諸国の国防費の増大傾向について、脅威に備えるためというよりむしろ近代国家としての威信をは持つためであると分析している!
*2!
8。

 7 安全保障上の脅威の多様化

 安全保障上何をもって脅威と見なすかは、すぐれて主観的な問題であるとともに、安全保障の定義にも関係する問題である。しかし、国民の生命や財産を脅かすおそれのあるものは、それがいかなる手段で行われようともすべて脅威であると見なすべきであるという主張に異論を挟む者はいまい。現代の国際関係においては国家以外にも様々なアクターがあり、それらは様々な手段によって国民の生命や財産を脅かす能力を有している。

 冷戦期においては米ソの圧倒的な軍事力によって、各国の国益を追求する行動、特に軍事行動が制約された。その結果、紛争が顕在化せず、また各国の安全保障上の脅威も軍事的な性格を帯びるものに比較的限定される形で認識された。冷戦の崩壊と米ソ両国の軍事プレゼンスの低下は各国の国益を追求する自律的な対外政策の遂行を許容するとともに、一国内においても冷戦期に抑圧されていたエスノ・ナショナリズムの高まりが国家の基盤を揺るがすようになった。世界的なグローバリゼーションの流れに逆行する各国におけるナショナリズムの高まりは、国境や領海の範囲など各国の主権に直接関わる問題を外交の全面に押し出し、中には国境紛争にまで至らしめるケースも現れるようになった。

 また、ポスト冷戦期においては、安全保障上の脅威は軍事的な性格を帯びたものにとどまらず、非軍事的な性格を帯びたものも次第に増加してきている。その中には、エネルギー、食糧、人口、環境などいわゆるグローバル・イシューが含まれる*29。このうちエネルギー問題については、今後その不足が深刻化し、新たな安全保障上の危険となると予測する者も少なくない*30。このほか、国家に対する直接的な軍事的脅威に加えて、個々の国民の生命を危険にさらすテロリズムや麻薬・エイズなども次第に新たなタイプの安全保障上の脅威として認識されてきている。こうした新たなタイプの脅威は伝統的な脅威とは異なり、国境を超えて地域全体に拡大するという性質を有するため、特に各国による協力・協調的な取り組みが要求される。

 さらに、アジア太平洋の国々は、輸出志向型のマクロ経済政策によって高度成長を実現する一方で、各国経済・金融のグローバリゼーションが進んでいる*31。この地域の経済・金融は外部依存度が高く、また国内の金融システムが脆弱である*32。そのため、一国の経済・通貨危機が短期間の間に各国に飛び火し、その経済を脅かす可能性が高い。事実、97年7月にタイで起こったインドネシアでは30年間政権の座に就いていたスハルト大統領の辞任という極めて大きな政治結果をもたらした。アジア太平洋の多くの国にとり、経済成長を持続できるかどうかは国内体制を維持する上から見ても大きな関心事項であり、経済問題についても安全保障上の問題としてとらえる傾向が強まりつつある。
 

 8 アジア太平洋における安全保障システムの機能

  (1)二国間同盟網
 米ソ両大国を極とする東西二つの陣営が世界的規模で軍事的に対峙していた冷戦期においては、アジア太平洋における米国の軍事力は圧倒的であり、米国による覇権システムとそれを支えた米国との間の軍事同盟が基本的に地域の安全保障環境に安定をもたらしていた。また、各国の安全保障上の脅威も比較的明確な形で認識されており、紛争を抑止し、それに対処するものとして米国との間の二国間同盟、特に日米同盟は有効に機能していた。他方、冷戦後においては、第二次大戦後圧倒的な国力を誇った米国の相対的な国力の低下、日本及び中国の国力の上昇、様々な国際・国内紛争の顕在化などに見られる安全保障環境の変化や脅威の多様化などにより、同盟による抑止機能に対する信頼を揺るがすこととなった*33。これは、アジア太平洋の複雑な国際システムの中で、安全保障環境が不安定化・流動化し、様々な紛争要因が顕在化する一方で、これまで超大国であった米国自身もあらゆる地域紛争に同時に介入できるだけの強大な軍事力、それを支える経済力を維持することができなくなったことが大きい。

 冷戦後、日米同盟は1996年4月の日米安保共同宣言によって再定義されることとなった。同宣言によって、両国は日米同盟がアジア太平洋地域の安定と繁栄の基礎であることを再確認した。こうした、いわば日米同盟の「アジア太平洋化」の動きはアジア諸国によってどのように受け止められたのか。アジア諸国の反応は様々であるが、全体的に見て厳しい反応である*34。日本の軍事的役割の拡大を懸念する中国や韓国からの批判は当然予想されたことであるが、東南アジアの多くの国も程度の差はあれ、安保再定義によって米軍のプレゼンスが確たるものになることを歓迎する一方で、それによって日本が軍事的に強大化し、また軍事分野でイニシアティブをとることを警戒するなどアンビバレントな態度を示している。このような東南アジア諸国の反応には様々な理由があり得るが、各国の脅威認識、米軍の持つ紛争抑止機能、安保再定義による日本の軍事的役割の変化、中国の東南アジアに対する影響力の拡大などが大きく影響しているものと思われる。こうした結果は、北東アジアはむろん、東南アジアでも再定義された日米同盟の国際公共財としての性格が受け入れられていないことを・
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オている。冷戦後のアジア太平洋において日米同盟を機能させるためには、日米間の防衛協力が極めて重要であることは安保再定義のための過程で指摘されたことである。しかし、日米防衛協力の強化は、近隣諸国、特にそれが日本の軍事力の強化、同盟の枠内での発言権の強化に加えて日本の米国からの事実上の一人立ちを促すものであることを懸念する中国から大きな反発を招いた。中国は日米同盟そのものを否定するのではなく、それが台湾をカバーするものであることに神経を尖らせたのである*35。このように日米同盟はアジア太平洋において国際公共財としての機能を十分に果たしているとは言い難い。

 二つ目は、アジア太平洋をいわゆるパワー・ポリティクスの場であり、各国がその国益を増大させるために外交・安全保障政策を追求しているととらえた場合においても、米国の国力の相対的低下と日本と中国の国力の相対的な上昇、特に近年における中国の国力の著しい上昇、予測しがたい北朝鮮の対外行動が、日米同盟の持つ国際紛争抑止・対処機能を制約する要因となってきている点である。加えて、アジア太平洋の各地で起きている紛争の多くはいわゆる国内紛争に属するものが大半を占め、こうしたものに対して同盟に基づく軍事力を行使することは相当困難であり、もし仮にそれが行使し得たとしても紛争の解決にどれだけ効果があるのか疑問である。

 三つ目は、前述のように、非軍事的な脅威に対処するには軍事力より外交による多国間の協調的な取り組みの方が有効である場合が少なくない点である。従って、日米両国の圧倒的な軍事力に依拠する日米同盟の紛争抑止・対処のメカニズムだけではこうした新たなタイプの脅威に対処することは相当困難であると考えられる。


 (2)協調的安全保障システム
 この地域における政府間の多国間安全保障協力の枠組みは、現在アセアン地域フォーラム(ARF)しか存在しないことは既に述べた。94年7月に創設されたARFにはアセアン諸国のほか、日本、中国、米国、ロシアといった大国がこぞって参加している。特に地域の安全保障のうえで影響力を有し、軍備の近代化によってその影響力が今後ますます増大すると予想される中国が参加していることはARFの特色である*36。

 しかしながら、主要構成国であるアセアン諸国の考え方を反映してARFの進展は漸進的である。創設から6年目を迎える今日でもその活動はもっぱら参加国間の信頼醸成に向けられている。そして、そこでは紛争の予防や紛争の平和的解決のための活動はほとんど行われていない。現に99年の東ティモールの独立を巡る内乱に際してもほとんど実効ある措置をとれなかった。ムティア・アラガッパは、紛争に関するワークショップなどを通じて参加国による紛争の解決を支持することによって、それに正当性を付与することにARFの意義があると述べている*37。コミュニティ意識の薄いアジア太平洋において、ARFを通じた信頼醸成がある程度紛争予防に寄与する可能性のあることは否定できないであろう。しかしながら、欧州の協調的安全保障機構である欧州安保協力機構(OSCE)が種々の政治的・軍事的信頼醸成措置をとっていることと、紛争予防やその平和的な解決の上で、欧州の集団安保機構である北大西洋条約機構(NATO)の補完的機能を果たしていることと比較すると、現在のARFの活動は多国間安保協力機構としての初期段階にとどまっている。その活動が具体的な紛争の解決に及ばない限!
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、地域の安全保障の上で主要な役割を果たしていると考えることは出来ないと思われる。

 また、トラック2の多国間安保協力機関であるCSCAPについても、ARFと異なり北朝鮮や台湾などが活動に参加していることは重要であるが、その活動は信頼醸成の域を出ておらず、アジア太平洋における安全保障コミュニティの形成には寄与するものの、現実の紛争抑止・対処機能はほとんど備わっていない。

 それでは、近い将来において協調的安全保障システムは有効に機能するようになるであろうか。その参加国が極めてバラエティに富むこと、アジア太平洋において共同体意識が薄いこと、戦後50年以上を経過した今日においてもなお相互不信感が十分に払拭されていないこと、古典的な外交・安全保障感を有し、力による外交・安全保障政策を追求する国が存在することなど種々の理由から、近い将来、アジア太平洋において協調的安全保障システムが有効に機能する可能性は低いと思われる*38。


 9 アジア太平洋における協調成立の可能性

 現在アセアン諸国間で見られるような協調システムはアジア太平洋全域において成立するであろうか。アミタフ・アチャリャは、19世紀に欧州の平和を維持する上で主要な役割を果たした欧州協調(Concert of Europe)の特性を分析し、そのシステムをそのままアジア太平洋に適用することは困難であると述べている*39。

 すなわち、彼の分析によれば、欧州協調の基礎となったのは(1)大国間協議の重視、(2)領土不可




ンの波に翻弄されている。そこではスーザン・ストレンジが指摘するように、市場経済の発達などに伴い国家のパワーが次第に衰退しつつある'1。
 
 第二次大戦後四五年近くにわたって米ソ両超大国を両極とする東西対立の構造が世界を支配していた冷戦時代とは異なり、冷戦終焉後世界の権力構造は大きく変化し、各地域において多極化が進行した2。アジア太平洋においても例外ではない。しかし、この地域が世界の他の地域と異なるのは、東西対立の遺物とも言うべき様々な対立構造が今日なおも存在している点である。また、この地域には領有権を巡る国際紛争や民族、宗教、言語などの違いに起因する様々な国内紛争が存在しており、加えて新たな安全保障上の諸問題が顕在化しつつある。

 これまでアジア太平洋の安全保障は、「ハブ・アンド・スポークス」と呼ばれる圧倒的な軍事力を有する米国とそのアジアにおける同盟国との間の二国間安全保障体制網に大きく依存してきた。九○年代に入ると、冷戦終焉により同地域の安全保障環境にも変化が生じ、政府間及び非政府間において様々な多国間の安全保障協力の枠組みが創設されるようになった。しかしその一方で、依然としてこの地域には様々な紛争や対立が存在し、また、各国間の相互不信感も拭えていない。そしてそのことが各国の安全保障政策にも大きく影響し、著しい経済成長を背景に軍備の近代化を推進する国々も少なくない。

 他方、欧州では冷戦の崩壊によって安全保障環境が著しく変化した。今日では、欧州では安全保障の制度化が進み、ポスト冷戦期における新たな役割を模索している北大西洋条約機構(NATO)のほか、多国間安全保障協力機構である欧州安保・協力会議(CSCE。後に欧州安保協力機構(OSCE)に名称変更)、西欧同盟(WEU)などの地域的安全保障機構によって重層的な安全保障のメカニズムが構築され、有効に機能している。

 すでに二一世紀は目前に迫っているが、アジア太平洋では現在の不安定な安全保障環境が今後も続くのであろうか。それともより安定した方向に向かうのであろうか。本稿は一五年先の二○一五年を射程に置き、アジア太平洋において協調が成立する可能性について考察することを目的とする。本稿では、協調を一般的な意味で用いられる各国の協調的な関係としての概念ではなく、国際安全保障分野における概念として論ずる。そのため、まずアジア太平洋の国際関係と地域的な安全保障システムを鳥敵し、それが形成された様々な要因を分析するとともに、そのシステムの限界を考察する。次に、この地域において協調システムが創設されるための諸条件とそれが満たされる可能性を考察する。

二 アジア太平洋の地域的特性

アジア太平洋は極めて広大な地域であり、地域としては世界最大である。この地域がどこからどこまでを指すかは明確に定義づけることは困難である。現にこれまでそれが明確に定義されたことはなかった3。ある者は南北アメリカから中近東までの広範な地域を指すというであろうし、またある者はそれが太平洋を取り巻く全域と見なすであろう。歴史的観点から言えば、東アジアでさえ長い間一体化した地域というより、分裂した地域であると見られていた4。また、アジアは長い間太平洋と区別され、アジア太平洋という用語はごく最近まで用いられることはなかった。しかし、著しい経済発展、技術、特に電気通信技術の発達等によって、アジア太平洋では急速に地域としての一体感が生まれつつある'5。本稿では、北東アジアと東南アジアに焦点を当てて考察することとする。

 特に欧州と比較した場合のアジア太平洋の第一の特色は、様々な分野における多様性にある。事実、この地域の国々では、国土面積、人口、民族、宗教、文化、言語に加え、政治・経済体制、社会構造、経済発展段階において極めて異なっている。また多民族国家もいくつかあり、これらの国々では、統一国家の維持が最大の政治課題になっている。この多様性は、地域における安全保障環境を複雑なものにする大きな要因となっている。

 二点目は、その地域システムである。アジア太平洋の地理的特性を反映して、同地域には全域的なシステムの下にいくつかのサブ・システムが存在する点である。アジア太平洋全域の国家間関係を規律するような国際システムや国際機構は非常に少なく、APECなどわずかにあるだけである。また、サブ・システムとしては、東南アジア一○カ国から成る東南アジア諸国連合(ASEAN)などがある。他方、大国が集まっている北東アジアでは、政治・経済体制が異なっていることなどの理由や「過去の歴史」をめぐる要因によって、サブ・システムとしての地域システムが創設されていない。あるのは、わずかに朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の黒鉛減速炉を運転停止し、それに代えて軽水炉を建設するために北朝鮮にその間の原油供給を含む支援を行うことを目的とした朝鮮半島エネルギー機構(KEDO、九五年三月発足)だけである。

 三点目は、フランシス・フクヤマがかつて「歴史の終わり」と形容した自由世界の勝利と、貿易・投資の拡大、航空機の発達による移動時間の大幅な短縮、技術の進歩、特に電気通信技術の発達、マスメディアの発達等による世界的な規模でのグローバリゼーショ













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