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はじめに 二一世紀を迎えた今日でも、東アジア情勢は依然として流動的であり、同地域では新たな国際秩序はその片鱗も姿を現していない。これまで最も 軍事的緊張の強かった朝鮮半島で昨年の南北首脳会談後緊張緩和が漸進的に進んではいるものの、この地域では各国の政治的・経済的利害が 複雑に絡み合っているだけでなく、二○世紀前半からなおも引きずっている様々な国際問題や課題が存在しており、こうした状況が地域全体の国際 環境を不安定・不透明なものにしている。各国間で対話、特に安全保障対話が容易に進展しない一方で、軍備の近代化に加えて、大量破壊兵器及 び弾道ミサイルの拡散が進んでいることもこうした不安定な状況を促す大きな要因となっている。他方で、地域安定化のための各レベルにおける努 力も近年進められてはいるものの、各国国民の間に存在する根強い不信感や対抗意識が妨げとなって、政府レベルの信頼醸成や安全保障対話も 十分に進んでいない。 本稿は、そうした東アジアの安全保障環境を踏まえつつ、日本がどのような安全保障上の危機に直面し、その危機に対処する上でいかなる課題が あるのかを考察することを目的とする。特に、最近の東アジアにおける大量破壊兵器及びその運搬手段である弾道ミサイルの拡散状況に照らし、日 本がいかなる対応をとるべきかについて考察する。 東アジアの安全保障環境 東アジアの安全保障環境は、欧州で緊張緩和が劇的に進んだ九○年代を通じほとんど変化することはなかった。この地域の国々の多くは、著しい 経済成長を背景に、国防費の増額や新装備の導入など軍事力の拡充・近代化が進めており*1、今日この地域には世界有数の軍事大国が集中して いる。なかでも中国は、日本、韓国、台湾が防衛費の対GNP比を低下されているかあるいは変えていないのに対し、九○年代徐々にその比率を高 めつつある*2。 このように各国が軍備近代化に力を注いでいるのは、各国の持つ安全保障観の違いや勢力均衡主義に基づく自律的な安全保障政策に加えて、 朝鮮半島、台湾海峡等における軍事的緊張の存在や領土問題など種々の不安定要因が存在するためである。また、多国間レベルでの東アジアの 安全保障対話・協力の枠組みも九○年代に政府間あるいは非政府間の枠組みが種々創設されたが、唯一の政府間の地域安保対話の枠組みであ るASEAN地域フォーラム(ARF)ですら、各国の思惑の違いから第一段階の信頼醸成から予防外交の段階になかなか移行できずにいる。このた め、近年この地域の各国では対話や協力の枠組みに対する関心が次第に低下しつつある。 中でも米国はもともと特に政治・安全保障分野での多国間の枠組みづくりに熱心ではなかったが、中国の台頭や緊迫する朝鮮半島及び台湾海峡 情勢などのために、二国間関係重視に一層傾きつつある。こうした理由により、東アジアでは各国間の協調は進んでおらず、地域の安定は、勢力均 衡を追求するそれぞれの国の外交・安全保障政策と防衛努力に加えて、日米同盟等米国と東アジアの国々との間の二国間同盟及びそれに基づく 米軍の強大なプレゼンスの、バランサーとしての機能に大きく依存していると考えられる。他方、独特の安全保障観をもつ中国は、こうした米国との 同盟網及びそれに基づく米軍のプレゼンスの地域安定化機能を認めず、それどころか、特に近年における日米同盟強化の動きは、中国の軍事戦 略を封じ込めるものであるとして警戒している。このように、二一世紀に入っても、東アジアの安全保障環境は依然として不安定・不透明なままであ る。 東アジアの安全保障に対する脅威 安全保障上の危機は兵器の誤操作や脅威の誤認識による攻撃等を除き、ほとんどのケースは人為的なものである。したがって、様々な手段で情 報を収集し分析できれば、事前にある程度危機の発生を予測し、それに対処できる場合が少なくない。それは、危機が起きる前にもたらされる様々 な情報を分析することによって、どのような脅威があるのか、それが危機を引き起こす蓋然性がどれだけあるのかが把握されるからである。もっとも そのためには、どれだけ事前に精度の高い情報を入手し、分析できるかにかかってくる。 現在、東アジアにはどのような安全保障上の脅威が存在するのか。脅威は大きく五点あると考えられる*3。第一点目は、大量破壊兵器及びその 運搬手段であるミサイルの拡散が東アジアにおいて進んでいることである。北朝鮮による核開発疑惑や弾道ミサイル発射事件などは、インド、パキ スタンの核実験などとともに、グローバルな核拡散防止条約(NPT)体制への挑戦であり、地域を越えた危機に進展する可能性を秘めていると指摘 される*4。第二点目は、南北朝鮮の関係改善が見られるものの、日朝関係が依然好転しておらず、また北朝鮮の現金正日政権の政策等から朝鮮 半島情勢が依然不安定・不確実であることである。そして第三点目は、中国が順調な経済発展を背景に軍備の近代化に力を注いでいることである。 第四点目は、二○○○年三月の台湾における総統選挙後、中台関係がさらに不安定・不透明になってきたことである。第五点目は、日ロ間に存在 する北方領土問題など、この地域には様々な領土紛争や問題が存在しており、それが地域の安全保障にとって大きな不安定要因になっていること である。第六点目は、従来安全保障問題として捉えられることのなかった経済・金融問題が九七年夏にアジア各国を襲った金融危機を契機に、主要 な安全保障問題の一つとして認識されたことである。 日本が直面する安全保障上の危機 日本の安全保障上の危機は、それが発生する場所によって、(一)国際事態、(二)周辺事態、(三)日本有事の三つに区分できる*5。国際事態 は、日本から離れた場所で起きる事態のうち邦人が巻き込まれるものなど、それが間接的に日本の安全保障に影響を及ぼすものである。また周辺 事態とは、朝鮮半島など日本周辺の国々で起こる事態のうち日本の安全保障に直接または間接的に拘わるものをいう*6。さらに、日本有事とは、我 が国の安全保障を直接脅かす危機をいう。 具体的には、国際事態には世界各地で頻発する地域紛争、国連の平和維持活動、邦人が巻き込まれる様々な国際的事件などが含まれる。近 年、日本の大きな経済力及び円高等により海外に居住したり渡航する邦人数は飛躍的に増加していることにより、海外で邦人が巻き込まれる事件 や事故は漸増している。 また、周辺事態には近隣の朝鮮半島や中台危機による大量の難民が発生し、日本に流入する可能性が高まった場合や海外で武力紛争、政治的 混乱等に巻き込まれた在外邦人の待避などが含まれる。さらに、日本有事には外国からの様々な武力攻撃や武力テロが含まれる*7。このうち武力 攻撃には、弾道ミサイル攻撃、戦闘機による空からの攻撃、艦艇による海上からの攻撃が考えられる。またテロのうち有事の際に一番可能性の高 いと思われるものが原子力発電所、在日米軍及び自衛隊の各施設に対するテロである。このほか、我が国の生命線ともいうべきシーレーン封鎖が 挙げられる。東アジアの安全保障上の脅威との関連でみれば、これらの危機のうち最も可能性の高いものが、弾道ミサイル攻撃であると考えられ る。とりわけ、大量破壊兵器を搭載する弾道ミサイルはその破壊力と環境への影響の大きさからみてもっとも警戒すべきものであると思われる。 大量破壊兵器及び弾道ミサイルの脅威 大量破壊兵器は、大きく核兵器と生物・化学兵器に分けられる。 核兵器 核兵器については、現在、核不拡散条約(NPT)があり、米国、ロシア、イギリス、フランス及び中国の五カ国が核兵器国として認められて いるほかは、すべての国の核開発や核保有を禁じている。冷戦期を通じて、米ソ両超大国は戦術、戦略核兵器の製造・配備に力を注ぎ、それぞれ 三万発を超える核兵器を配備した。しかし、核兵器の大きすぎる破壊力及び環境への悪影響のため、結局一度も実戦では使用されなかった。むし ろ、核は戦略的に相手からの核攻撃を抑止するという機能を果たしていた。ところが、冷戦が終わる頃になると、弾道ミサイルに搭載可能な小型の 核弾頭が開発されるようになった。そのため、冷戦期と異なり、核兵器が実戦で使用される可能性が出てきたのである。 それでもNPT体制が有効に機能していれば、核の恐怖は抑えられるはずであるが、そのNPT体制に公然と挑戦を挑む国が現れている。その例が インドとパキスタンである。九八年五月にまずインドが、続いてそれに対抗して隣国のパキスタンが核実験を行った。強力な情報収集力を有する米国 ですらインドが核実験を行うことは全く予想されていなかったため、これらの国々の核不拡散体制を無視した行動は、多くの国々の強い反発を招い た。と同時に、近い将来、両国は核兵器を実戦で使用する積もりなのではないかということを多くの者が心配したのである。事態を重く見た国連安保 理事会は、同年六月の緊急会議で、インド・パキスタン両国の核実験の停止と、包括的核実験停止条約(CTBT)及びNPTへの即時かつ無条件参 加を求める声明を発表した。 また、北朝鮮については、八五年一二月にNPTに加盟したが、九○年に核開発をしているとの疑惑が持たれた。そこで九二年から国際原子力機 関(IAEA)の専門家による核査察が行われた。その結果、北朝鮮の核開発疑惑がますます深まり、九三年二月、北朝鮮に対し特別査察を要求し た。ところが北朝鮮はこの要求を拒否したため、IAEAは北朝鮮に対する制裁を決議、他方、北朝鮮もIAEAからの脱退を通告した。 九四年六月、事態を重く受け止めた米国政府は、カーター元大統領を特使として北朝鮮に派遣し、金日成主席と交渉させた。ようやく交渉がまとま り、北朝鮮側は核開発を凍結することに同意した。一○月に米朝間で合意文書が調印され、翌九五年三月、この合意に基づき、北朝鮮の黒鉛減速 炉の代わりに軽水炉と燃料用の重油を供給するための朝鮮半島エネルギー機構(KEDO)が創設された。 九七年末から米朝協議に加えて、米国、両朝鮮及び中国による四カ国協議が開始された。しかし、協議はなかなか進展せず、翌九八年には北朝 鮮は再び核兵器の開発に乗り出す姿勢を見せた。 同年、米国は北朝鮮が金昌里(クムチャンニ)に地下核施設と思われる大規模な軍事施設を建設している事実をつかみ、この施設への立ち入りを 北朝鮮に要求した。九九年三月、核査察をめぐる米朝交渉はようやく合意に達し、米国の専門家チームが当該施設へ立ち入ることになった。同年五 月、米国務省の専門家チームが北朝鮮を訪問し、地下施設を検証した結果、それが核施設ではないことが判明した。二○○○年一○月、趙明録北 朝鮮国防委員会第一副委員長が訪米し、米朝会談が行われ合意に達した結果、共同コミュニケが出された。同コミュニケでは、北朝鮮側はミサイ ル問題に関する協議が継続している間はいかなる種類の長距離ミサイルも発射しないことを米側に通報することとされた。しかし、核問題には言及 がなされず、北朝鮮の核開発疑惑は完全には解消してはいない。 北朝鮮にとって核兵器を保有することはその軍事戦略上も、また米国、日本、韓国、中国、ロシアとの間の外交戦略上も極めて重要であると考え ていることはほぼ間違いなく、今後北朝鮮が現在核兵器の開発・製造を進めているかどうかは別として、この「核カード」を有効に使って、米国などと の交渉を有利に進めようとするのは確実であると思われる。 このように、NPTによってその保有が厳格に禁止されているにも拘わらず、核兵器を持とうとする国が後を絶たないのは、通常兵器では劣性であっ たとしても、核兵器を保有することによって、特に非核国家に対しては圧倒的に優位に立つことができるためである。特に後で述べるように、核兵器 と弾道ミサイルの両方を保有した場合には、たとえ通常戦力で大幅に劣っていたとしても、それによって一気に劣性を押し戻して、場合によっては優 勢に立つことができるのである。そのため、非核国からは、NPT体制は核の保有を五カ国に限定することによって、その軍事的優位性を維持しよう という不公平なものであるとの批判が出ることになる。しかし、現実には核兵器はそれを使用した場合、目標以外のものも破壊してしまう可能性が大 きく、あまりにも破壊力が大きい。また、核爆発に伴い電磁波や放射能を発生させ、味方の軍隊まで影響を与えてしまう。このように核兵器は通常兵 器よりはるかに使いづらい兵器でもある。 アジア太平洋で米国に次いで強大な核戦略を保有しているのは中国である。中国は、最小限核抑止戦略の下、長・中・短距離の核弾頭を持つ弾 道ミサイル(ICBM、IRBM、SLBM等)を保有しており、核ミサイル部隊の規模も一○万人をゆうに超えている。 生物・化学兵器 生物・化学兵器は農薬などを製造する工場でも安価にしかも簡単に製造でき、しかも核兵器よりはるかに使いやすいことなどの理 由から、貧者の核兵器であるとも言われている。一九八○年以降、世界の様々な国で生物・化学兵器が製造されており、アジア太平洋でも例外では ない。その危険性から製造・保有を国際的に規制すべきであるとの声が高まり、七五年に生物・毒素兵器の開発・生産・貯蔵・移転等を全面的に禁 止する条約が発効したほか、九七年には化学兵器禁止条約が発効した。しかし、現在それを批准している国は全体の半数にとどまっている。また、 こうした兵器の問題点は、製造・保有しやすいという特徴から、軍隊以外の武装グループが保有し、テロなどに使用される危険があることである。日 本でも、九五年三月にオウム真理教が東京の地下鉄で猛毒のサリンを用いたテロを行ったことは記憶に新しい。 弾道ミサイル また、弾道ミサイルは、先に述べた核兵器及び生物化学兵器といった大量破壊兵器の運搬手段として効果的であり、リスクとコスト の点からも使いやすい兵器である。九一年の湾岸戦争の時に軍事的に多国籍軍に圧倒的に劣勢であったイラクがスカッド弾道ミサイルを使用して、 多国籍軍だけでなく、アメリカの盟友イスラエルを攻撃して劣性を跳ね返そうとしたのは記憶に新しい。このように、現在弾道ミサイルを保有している 国は非常に多く、ランカスター大学防衛・国際問題研究所の調査によれば、その数は三六カ国に上るといわれている。また、実際にこれまで多くの紛 争でそれが実際に使用されている*8。 東アジア諸国のうち、射程三○○キロメートルを超える弾道ミサイルを保有しているのは、ロシア、中国、北朝鮮の三カ国である*9。このうち、ロシ アの弾道ミサイルに関しては、米国との中距離核戦力(INF)条約や第一次戦略核兵器削減条約(START1)によりその配備量は削減すう勢にある が、中国と北朝鮮の弾道ミサイルは増強が進んでいる*10。中国は、短距離、中長距離いずれのタイプの弾道ミサイルも開発保有している。また、北 朝鮮は九一年六月に射程一○○○キロメートル未満のノドン1号ミサイルの打ち上げ実験を行って以来、中距離弾道ミサイルの開発に力を注いで いる。北朝鮮は、九三年五月に再びノドン1号ミサイルの発射実験を行い、北朝鮮が現在保有又は開発しているミサイルの種類は、様々な情報ソー スによれば概ね次のとおりである*11。既に配備しているものは、スカッド改B(射程三三○キロ)、スカッドC(射程五○○キロ)、ノドン1(射程一○○○ キロ)、ノドン2(射程一三○○キロ)、また開発中のものはテポドン1(射程二二○○キロ)及びテポドン2(射程四○○○キロから六○○○キロ)であ る。このうちノドン1については、北朝鮮はこの二年間で倍増させ、既に一○○基あまりを配備したとの報道がある*12。また、米国の情報機関は、テ ポドン2号に第三段目が搭載されれば、米国本土を射程に収めるとみている*13。北朝鮮から日本列島までは一三○○キロ未満であることから、我 が国にとり脅威となるのはノドン・ミサイルの方である。 他方、中国は、ストックホルム国際平和研究所によれば、射程一万三○○○キロのICBMを七基、射程一○○○ー五○○○キロのIRBMを約一 ○○基、射程五○○キロ未満のSLBMを一二基保有している*14。また、中国は一九九九年八月に新型ICBMである東風三一号と考えられる長距 離地対地ミサイルの発射実験を行った*15。さらに、二○○○年一二月にも長距離地対地ミサイルの発射実験を行った*16。このように、北朝鮮と中 国の弾道ミサイルは日本全土を射程内に捉えている。 たとえ弾道ミサイルを保有していたとしてもそれだけでは脅威とはなり得ないが、北朝鮮に関しては、すでに日本への事前の通報なくミサイルの発 射実験を行ったこと、また中国は核弾頭搭載のミサイルも保有しているほか、これまで大規模演習を実施していることなどから、両国のミサイルは日 本の安全保障にとり脅威として受け止められている*17。 さらに、北朝鮮や中国からミサイル及びミサイル関連技術が他の国々に輸出され、ミサイルを保有する国の増加を促していることも、東アジアの安 全保障環境を不安定にするだけでなく、日本の安全保障にも悪影響を与えている。 弾道ミサイル危機とその対応 これまで一九九三年と九八年の二回、北朝鮮によって弾道ミサイルが日本周辺で発射されるという事件が起きている。九三年五月二九日及び三 ○日、北朝鮮ノドン近辺のミサイル基地から四基の弾道ミサイルが発射され、日本海中央部で能登半島の北方約三五○キロの地点に着弾した。防 衛庁は日本海域で一大情報戦を展開した*18。理由は必ずしも明らかではないが、政府は六月一一日の夕刊に報道されるまで、このミサイル発射 の事実を明らかにしなかった。 六月一四日、政府はようやく五月二九日に北朝鮮から発射された弾道ミサイルが射程一○○○キロメートルのノドン1ミサイルであることを発表し た。六月二四日、政府は北京の北朝鮮大使館に対して遺憾の意を伝えた。 九八年八月末に再び北朝鮮による弾道ミサイル発射事件が起きた。八月三一日正午過ぎ、北朝鮮は東部大浦洞(テポドン)付近のミサイル発射 施設より弾道ミサイルを発射した。防衛庁によれば、一段目のロケットは一〜二分後に日本海に、また二段目はその数分後に分離し、三陸沖の太 平洋に落下したと推定される*19。三段目については様々な見方があり、どれが事実であるか不明である。防衛庁は三段目が推進力を失う直前に 何らかの小さな物体が分離し、短時間飛翔したものの、衛星軌道には乗らなかったとしている。この小さな物体について、北朝鮮は三段目から人口 衛星が切り離され、衛星軌道に乗ったと発表したが、防衛庁は、通信や地球観測といった機能、或いは同物体を確認・追跡することを可能にする何 らかの有意な機能を持つ人工衛星が搭載されていた可能性は低いとした*20。 新聞報道によると、政府はすでに北朝鮮がミサイル発射準備を進めているとの情報を入手し、北朝鮮政府にミサイル発射を控えるようにとの要請 を繰り返し行ってきた*21。にもかかわらず、北朝鮮がミサイル発射を強行したことは政府に衝撃を与えた。三一日夜、政府はニューヨークの北朝鮮 国連代表部を通じ、北朝鮮政府に「極めて遺憾である」と伝えた。また、野中官房長官が「我が国の安全保障や北東アジアの平和と安全という観点 から厳重抗議の意を表明する」との緊急コメントを発表した。 翌九月一日、政府は安全保障会議議員懇談会を召集して北朝鮮の弾道ミサイル発射について協議した。小渕首相は、北朝鮮のミサイル発射問 題について外相、防衛庁長官ら関係閣僚と対応を協議し、あらゆるレベルで北朝鮮側に遺憾の意を伝えて厳重に抗議し、説明を求めると同時に、ミ サイルの開発・輸出の中止を求めること、当面は国交正常化交渉の開催に応ずることを見合わせること、及び北朝鮮に対する食糧支援を当面凍結 する方針を決めた。 九月二日、政府は、北朝鮮のミサイル発射に抗議するため、日朝間の直行チャーター便運航を当分の間、停止する措置を決めた。さらに九月三 日、衆参両院は北朝鮮のミサイル発射に抗議する決議を全会一致で採択した。九月七日、政府・自民党は、北朝鮮のミサイル発射問題を踏まえ て、軍事情報を中心とする多目的な情報収集衛星の独自所有を目指す方針を固めた。また、国会でも両院で北朝鮮非難決議が直ちに採択される など、北朝鮮に対し断固たる態度がとられた。 二回のケースとも幸い弾道ミサイルは日本本土に着弾せず、人的・物的被害は出なかった。しかし、もし弾頭部分に爆薬等を入れた弾道ミサイル が本土に着弾した場合、それを防ぐ手段がないために相当な被害が出たことは想像に難くない。 弾道ミサイルは、現状では、事前の外交手段等によって発射を控えさせることしかそれを防ぐ手だてはなく、いったん発射されたら着弾するまで極 めて短時間であるため、それに対処することは不可能である。そのため、ミサイル開発、製造、配備に関し収集・分析した情報を下にミサイル発射を 食い止めるため、あらゆる外交努力を行うことが非常に重要である。弾道ミサイル発射は仮に相手国に着弾しなくても、軍事衝突を誘発する可能性 が高いため、常識で考えれば、軽々に発射できないはずである。 しかし、過去二回のケースを見れば分かるとおり、北朝鮮にとり弾道ミサイルは単に軍事作戦遂行のための手段ではなく、外貨を稼ぐための重要 な輸出品目であり、日本がいかに説得したとしてもミサイル発射を決して断念しないことは明白である。九八年八月以後も、北朝鮮の李根国連次席 大使が、ミサイル実験は平和利用目的の人工衛星開発計画であり、新たな発射実験を近く行う旨の発言を行うなど、北朝鮮は発射実験を続ける構 えを崩していない*22。このように日本はミサイル発射の脅威に晒されており、それから日本の安全を守るためには、事前の外交努力に加えて、発射 された弾道ミサイルにいかに対処するかがあわせて重要である。 弾道ミサイル防衛 弾道ミサイルは実戦で使用する可能性が高い兵器であるが、それを防ぐには、国際的にその使用を禁ずる方法と、その迎撃システムの構築によ ってその保有自体を無意味なものにしてしまうことである。前者については、いまのところその使用を禁ずる国際法は存在しない。 弾道ミサイルは弾頭に大量破壊兵器を装着することが多いが、いくらミサイル本体を迎撃できたとしても、弾頭部分が破壊されない限り、弾頭部分 の着弾によって甚大な人的・物的被害が出ることが避けられない。しかし、現在の技術水準では超音速で飛来する弾道ミサイルを確実に迎撃し、無 為にする防御システムは存在しない。日本でも、九三年五月に北朝鮮がノドン1ミサイルの発射実験を行って以来、弾道ミサイル防衛システムの必 要性をめぐっていろいろ議論されるようになった。 しかし、このシステムの単独での研究開発は技術的及び予算的に困難であったため、防衛庁もなかなか研究に着手できなかった。同年九月、日米 防衛首脳会談において、日米安保事務レベル協議(SSC)の下にTMDに関する政策的な検討の場を設けることが合意された*23。これを受け、同年 一二月、日米作業グループ会合が設けられた。 防衛庁は、(一)日本の技術の米国への移転を含む日米共同研究、(二)米国からのシステムの購入、(三)段階的な技術交流の三つの選択肢に ついて検討した*24。翌九四年、日米防衛首脳会談で、TMDの有効性について研究を行うことで合意した。 九五年一月、防衛庁は米国の支援を受けつつ「総合的調査研究」(脅威の分析、TMDの費用対効果、技術的実現可能性等)を開始した。しかし、 その技術研究についてなかなか結論が出ず、九五年に策定された「中期防衛力整備計画(九六年度〜二○○○年度)では、「弾道ミサイル防衛に ついては、その有用性、費用対効果等に関し、総合的見地から十分に検討の上、結論を得るものとする」と記述されたに留まった*25。 九八年八月末に北朝鮮が試験的に発射したテポドン1ミサイルが三陸沖に着弾したことから、日本がミサイルの脅威に晒されていることが明らかと なったため、日米両国はその翌月弾道ミサイルを迎撃するシステム開発のための技術研究を実施する方向で作業を進めることに合意した。そして 同年一二月には、日本政府は安全保障会議でイージス艦から要撃ミサイルを発射して相手方の発射した弾道ミサイルを大気圏外で破壊する海上 配備型上層システム(NTWD)を対象として、米国との間で共同技術研究を行うことを正式に決定した。このNTWDは、赤外線シーカ(赤外線を利用 し、標的の識別、追尾を行う)、キネティック弾頭(弾道弾の弾頭を直撃しその運動エネルギーで破壊するための弾頭)、ノーズコーン(大気中を飛翔 中に空気加熱から赤外線シーカなどを保護)、第二段ロケットモータ(全三段のミサイル中、第二段目のロケット)が日米技術協力の対象となる。日本 政府はNTWD経費として九九年度予算に九億六二○○万円、二○○○年度予算に二○億四八○○万円、さらに二○○一年度予算に三七億円を 計上したが、NTWDシステムの開発・製造・配備には莫大な経費がかかるため、日本配備は早くても一○年先になると見られている。 国会(衆議院)が行った「宇宙の開発及び利用に関する決議」との関係について、政府は九八年一二月二五日の官房長官談話で、決議の有権解 釈は国会においてなされるべきものであるが、このシステムが決議の趣旨及びそのよって立つ平和国家としての基本理念にも沿ったものであるとと もに、これに係る日米共同技術研究における武器技術供与は、対米武器技術供与取極の枠組みの下で実施されることを明らかにした。さらに九九 年八月、日米両国政府は日米共同技術研究に関する書簡を交換し、これを受けて、防衛庁及び国防総省は同研究に関する了解覚書に署名した。 日本が米国とのTMD共同技術研究に踏み切ったのは、技術及び予算上の制約のほかに、米国から完成したTMDシステムを導入した場合、米国 から技術の上でただ乗りしていると批判される可能性があるためでもあった*26。他方、米国政府は日本の高い技術力に注目し、日米共同技術研究 は両国間の防衛協力を促すものとしてその意義を高く評価していた。 TMDの日米共同技術研究に対し、中国、ロシア、韓国及び北朝鮮はいずれも厳しい反応を示した。中でも中国は、日本のTMD構想はアジアにお ける緊張を高め、地域の軍拡競争をもたらすものであるとして繰り返しそれに対する強い懸念を表明している*27。 これに対し、米国でも、中国等によるTMDの日米共同技術研究に対する批判及びそれが弾道ミサイルの拡散や米国の核戦略に及ぼす悪影響を 懸念するあまり、米国の専門家の中には、日米共同技術研究に慎重な者も少なくない*28。また日本国内でもTMDの共同技術研究に関して、TMD の実現可能性のほか技術面及び防衛政策上の懸念が指摘されている*29。技術面での懸念とは、日本のTMD研究参加の結果、日本が供与したT MD関連技術を他の用途に転用できないように米国によって制限が加えられる可能性のあることである。また日本の防衛政策上の懸念とは、共同 研究を進めることによって、日本が米国から独立した弾道ミサイル防衛政策をとることが事実上不可能になってしまうことである。 また、TMDを導入した場合、日本の防衛システム全体を従来の多様な通常戦力型脅威に対応するシステムから、弾道ミサイル脅威対応のシステ ムへと変えてしまい、その結果、日本の防衛政策や方針にも影響を与えることが指摘されている*30。さらに、防衛予算が増額されない限り、システ ム開発経費が装備費全体を圧迫し、兵器システム全体に悪影響をおよぼすおそれもある*31。 加えて、TMDシステムの運用上の問題もある*32。 すなわち、TMDシステムはその性格上、これを陸・海・空自のいずれか一つに統一運用させることは予算面からだけでなく、指揮・運用の面からも不 可能に近い。 しかし、TMDが客観的に見て攻撃的兵器システムではなく防衛的システムであることは自明であり、政府の採っている専守防衛の精神にも合致す ると思われる*33。また、日米共同技術研究は日米間の防衛協力を一層促進する効果を生むとともに、もしその配備が決定された場合、TMDの持 つ能力次第では弾道ミサイル攻撃を防御し日本の安全を高めるに留まらず、中国や北朝鮮の弾道ミサイル開発意欲を殺ぐという大きなメリットもあ ると考えられる*34。また対日警戒感を持つ中国に対しては、TMDは防衛的兵器システムであること、またそれは台湾防衛を目的とするなど中国の 台湾政策に何らの影響をもたらすものではないことを明確に説明すれば、その警戒感を和らげることは十分可能であろう。第三に、TMDの日米共 同技術研究を通じて、日米防衛協力をさらに緊密化させることができることである。 現時点でTMDが技術研究の段階から開発・配備の段階に移行する可能があるかどうかは不明であるが、システムの配備に当たっては、法制・運 用面でどのような問題点があるのか十分に検討する必要がある。 なお、このほか、九八年八月の北朝鮮によるミサイル発射は、偵察衛星導入をめぐる政府部内の議論を促すこととなった。こうした議論を経て、同 年一一月六日、政府はTMDの共同技術研究の決定に先立ち、二○○二年度をめどに情報収集衛星を導入することを閣議決定し、衛星保有に向 けた検討を開始した。 むすび 以上、大量破壊兵器及び弾道ミサイルの拡散の脅威と日本の対応を中心に、東アジアの安全保障について論じてきた。二○○一年一月に発足し たジョージ・W・ブッシュ米政権は、副大統領以下要所要所に安全保障の専門家を配置し、米国の安全保障政策との関連で東アジアを非常に重視し ている。また、一月二○日の統領就任演説の中で触れられたように、同盟国との関係を非常に重視しており、国防長官が本土ミサイル防衛(NMD) 推進論者であるラムズフェルド氏であることから、弾道ミサイル防衛にも力を注ぐものと思われる*35。さらに、今後米政権は東アジアの不安定・不確 実な安全保障環境にかんがみ、日米同盟が以上挙げた危機の場合にも有効に機能するように、周辺事態における日米防衛協力をはじめ、様々な 分野での日米両国政府間の協力関係の強化を促すであろう。 弾道ミサイルの脅威は日米同盟による抑止力が有効に機能しない分野であり、その脅威に対処するためには、既に見てきたような、強大な米軍の プレゼンス以外の措置を必要とする。他方で、TMDの開発・導入は弾道ミサイル戦力の増強に努める国々を刺激し、その動きを加速する側面があ ることも否定できない。しかしながら、その一方で、TMDが精度の高いものであれば、それはミサイル配備の動きを抑制する側面があることも確かで あろう。このように、総合的に見れば、TMDの開発・導入は日米同盟の地域安定化機能を補完するものとして、不安定な東アジアの情勢を改善する 方向で作用すると思われる。 (参議院参事) (本稿は『立法と調査』(別冊、二○○一年三月)に寄稿した原稿を書き改めたものである) (注) |
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